朝、窓を開けたら
金木犀の香りが飛び込んできました。
前夜庭に出たときには
まったく気づかなかったのに、
見上げると花は満開で、
朝の庭全体が香りに浸されていました。
十月とはいえまだ夏の名残がある気がする頃でも
金木犀が咲くと秋も中盤に入ったなと思います。
毎年ある朝突然やってくる金木犀の開花。
わたしには季節の分水嶺のような存在です。
これからの数日間は街中を包む金木犀の香りで
長く歩くのも苦にならない日が続きます。
内田善美の漫画作品『星の時計のLiddell』には
日常と異界をつなぐ重要な存在として金木犀が登場します。
机上で見事に咲き誇る金木犀の幻影を見た主人公は
夢の中で出会った家と少女を探す旅に出るのですが、
確かに金木犀の花の香りには、嗅いだ瞬間に
さまざまなことを想起させる力がある気がします。
その多くは過去の思い出、
たとえば子ども時代のあれこれです。
金木犀の、甘いけれどやや重い、もったりとした香りが
ノスタルジーに似合うからかもしれません。
作品に金木犀は登場しないのに
ブラッドベリの小説を思い出すのは
10月という言葉の響きと香りの甘い重さのせいでしょう。
金木犀、さすがの原産地中国ではわりあいよく見かけますし、
そのほかのアジア北部各国にもあるようですが、
ヨーロッパでは植物園や園芸好きなひとの庭以外では
ついぞ見たことがありません。
ないわけではないのでしょうけれど。
園芸好きが多そうなイギリスやオランダでもやはり同じ。
アメリカの場合、銀木犀は比較的よく見られるようですが、
金木犀を植えている例はあまりないようです。
こんなにすてきな樹なのにもったいない。
花の芳香はもちろんのこと、
樹形も整いやすく、病気にも強いのに。
中国で景勝地として知られる桂林は
その名前の通り金木犀の町で、
始皇帝の時代から金木犀であふれていたそうです。
現在も桂花樹が町の樹にも制定されており、
街中いたるところに金木犀があります。
街路樹ももちろん金木犀です。
金木犀の香り
キンモクセイの花の香気成分は
β-イオノン、リナロール、γ-デカラクトン、
リナロールオキサイド、cis-3-ヘキセノール
などの集合体となっています。
比較的容易に化学的再現ができるため、
調合香料は芳香剤用として広く使われます。
調合香料にはγ-ウンデカラクトンも使われますが
これは通称ピーチアルデヒドとも呼ばれる
フルーティーな香りで、食品にも多く使われています。
つまりキンモクセイの花は
どこか食欲を誘う香りでもあるわけですね。
また、金木犀の花には強い香りがあるのに
虫がほとんど寄りつきません。
これは香気成分に含まれるγ-デカラクトンに
避虫効果があるためです。
チョウ類は特にこの香りを嫌います。
キンモクセイの加工品
桂花茶
中国緑茶(または烏龍茶)に
キンモクセイの乾燥花を混ぜたもので、
中国広西省桂林、湖北省咸寧、
四川省成都などが主な産地です。
茶に混ぜず乾燥花だけの商品もあります。
中国の工芸茶のひとつ「丹桂飄香」は
丸く固めた緑茶葉の中に
ユリとキンモクセイの花が仕込まれており、
湯を注ぐと束ねた茶葉の中にユリの花が開き、
キンモクセイの花が湯中に舞う
優雅なつくりになっています。
桂花酒
白ワインに花を漬け込み熟成させたものです。
桂花醤
花を蜜煮または蜜漬けにしたもので、
中国・台湾ではシロップ状または
煮詰めたジャム状の商品が市販されています。
水や炭酸で割ったりお茶に垂らしたりするほか、
いろいろなデザートに使えます。
画像は杏仁豆腐に桂花醤をかけたものです。
桂花醤の作り方
キンモクセイの花 30g
砂糖 80~100g
桂花陳酒または白ワイン 250~300cc
レモン果汁 少々
塩 ごく少量(耳かき1杯程度)
1 キンモクセイの花を摘み、
金ざるに入れてふるいながらゴミやチリを取り除く。
2 すべての材料を合わせて弱火でゆっくり煮る。
3 アクを取りながら好みの濃度に煮詰めて完成。
4 密閉できる瓶で冷蔵保存する。
(保存は数年間可能)
※わたしは花粉が落ちるのを避けるため
水洗いはしませんが、気になる方は濡れ布巾で
軽く押さえるなどして汚れを取ってください。
※花茎は多少残ってもかまいません。
※水で煮る方法もありますが、
長期保存には酒で作るほうが向いています。
※生の花を氷砂糖(または蜂蜜)と少量の酒で
漬け込む方法もあります。
モクセイの仲間 モクセイ科モクセイ属/常緑小高木
キンモクセイ 金木犀 丹桂
Osmanthus fragrans var. aurantiacus Makino
ギンモクセイの変種と考えられる。原産地は中国南部で、日本には江戸時代に渡来した。葉は全縁。花弁は橙黄色で4枚がつながった肉厚の合弁花。そこに2本の雄しべと不完全な雌しべ1本がつく。雌しべは花の中心部にあるが、ほぼ退化しており、小さな突起状でしかない。雌雄異株。日本にあるのはほぼすべて雄株のため開花はしても結実はしないと言われるが、原産地中国でも結実は見られないらしく、世界的にも雄木しか存在しないという説もある。繁殖は挿し木による。
ギンモクセイ 銀木犀 銀桂
Osmanthus fragrans Lour var. fragrans
四季咲き性で年に数回開花する性質がある。葉には細かい鋸歯があり、花は白色で、キンモクセイよりやや小さい。雌雄異種。雌株もあり、結実するものも多い。四季咲き性のため年に数回開花する場合もある。
近年、樹高1mほどの矮性種が「フレグラントオリーブ」「ティーオリーブ」などの通称で園芸市場に出回っている(※注)
※注 Sweet Olive、Fragrant Olive、Tea Oliveはモクセイ属の香りを持つ花樹全体を指す英名でもある。キンモクセイを指す場合はFragrant orange(またはyellow)-colored Tea Oliveと呼ぶ場合も多い。
ウスギモクセイ 薄黄木犀 金桂
Osmanthus fragrans Lour. var. thunbergii Makino
ギンモクセイの変種とされる。葉にはわずかに鋸歯がある。花は淡黄色。キンモクセイに比べると花つきはややまばら。四季咲き性の品種もあり、四季咲きモクセイと呼ばれる。 両生花がつくため、結実するものも多い。
日本で最も古いモクセイは静岡県三島市の三嶋大社にあるウスギモクセイとされる。樹齢約1200年のこの樹は高さ約10m、枝の広がりは約250㎡にも及ぶ巨木。
ヒイラギモクセイ 柊木犀
Osmanthus×fortunei
ギンモクセイとヒイラギの雑種と考えられる。キンモクセイに比べると花つきはまばら。葉には鋸歯があり、花は白色。雌雄異種。樹皮にコブ状のコルク質が出ることも多い。
シマモクセイ 島木犀
Osmanthus insularis Koidz.
別名 ナタオレノキ(鉈折木)、サツマモクセイ(薩摩木犀)、ハチジョウモクセイ(八丈木犀)
葉は全縁。雌雄異株。キンモクセイに比べると花弁の先が丸い。果実は翌年の初夏に黒く熟す。本州の福井県以西から四国~九州~南西諸島、台湾、朝鮮半島南部に分布。なお九州以南にはリュウキュウモクセイ、オオモクセイ、ナンゴクモクセイなどの固有種がある。
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